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更新日 2015/07/06

みだれた髪で

3月も後半に差し掛かったころ、私は大阪にいた。

旅先では、なぜか髪型がきまらない。今回もそうだ。まったくイケていない。
それでも約束の時間は、守らなきゃ…。でも、あと2時間ある。

ということで、堺市にある「さかい利晶の杜」をのぞいてみることに。
千利休と与謝野晶子の博物館…報道のカメラも入っていたほどに、できたて
ホヤホヤの博物館だった。

正直、時間を潰そうとして入った博物館だった(失礼)。
特に利休や与謝野晶子のファンでもないし…。
千利休も与謝野晶子も大阪の堺市出身だったことを、この時初めて知った。
館内きれいだし、職員さんも親切だし、まあいいっか…。失礼千万な私。

2Fが与謝野晶子フロアーだ。
驚いたのが、本の装丁の美しさ。この装丁を見るだけでも、入った価値はあったと思えるほど。一気に心は鷲掴み。テンションが上がる。

そして目を引いた晶子ちゃんの(もう心の中では友達だ)の一説

 

タイトルは「自分の道が開けて」

「(エトワールの広場の午後の雑踏に)慣れた巴里人は老若男女とも悠揚として慌てず、騒がず、その雑踏の中を縫って衝突するところもなく、自分の志す方向に向かって歩いていくのです。(中略)

私はかつてその光景を見て自由思想的な歩き方だと思いました。(中略)

危険でないと自分で見極めた方角へ思い切って大胆に足を運ぶとかえって雑踏の方が自分を避けるようにして、自分の道の開けて行くものであるということを確かめました

 

~激動の中を行く~

 

自分の進む道が、まだまだ暗くて不安だった頃、この一文に出会えたことは勇気を出して一歩を踏み出す財産となった。そして何より、日本語が美しい。

晶子ちゃんの作品を読んでみよう。まずはやはり「みだれ髪」から…。

 

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