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更新日 2015/08/22

一流との出会い

去年からだろうか、書店に行くと「一流の~~」といった言葉が目に入るようになった。

一流が流行るのだろうか、一流をトレンドに向かわせる傾向があるのだろうか?

そもそも、一流とは、ノウハウで作り出せるものなのだろうか?

 

しばらく前のことであるが、「僕は一流です」という人に出会ったことがある。

たまげた。一流の自己申告を初めて聞いた。

一瞬のことだが、私はその人をくまなく観察した。

どこかに、冗談ぽさがあれば救われると思ったからだ。

でも違った。その人は真剣そのもので「僕は一流」と言っていた。

私は力なく「はあ、そうですか」と答えるしかなかった。

本当の一流というのは、腰が低く、周りから「一流」といわれても

「とんでもありません」腰も頭も低く構えるものだと思っていたからだ。

 

「私は美人です」という女性に出会ったら、男性の皆さんはどうするだろうか?

 

その「一流君」と食事をすることとなり、オーダーはすべて任せることにした。

その人は、ドレッシングから肉の焼き方、オーダーに際し、あれこれと注文をつけた。

「注文が丁寧ですね」というと「これが、一流のオーダーのしかたなんだよ」。

頭の中が2つの派閥を形成し始めた。

①「さすがですね~~~」とその場を楽しく過ごす戦法

②「本当の一流は、自らを一流などと言わないと思っていました」と本音でぶつかる戦法

瞬間のことであるが、私は①を選択した。 

この一流君とは、二度と会わないと思ったからだ。

楽しもう。とにかく、生まれて初めて会う「一流だ」という人種を楽しもう。

 

先のそもそも論になるが、一流というのは

「一流のカット技術をもった美容師」とかスポーツの分野で超越した記録をだし、

世界から「一流」と認められる人たち。或は、一流の営業マンなど

その人のもつ技術などに関して「一流」といわれることが多い。

では、人物そのものに「一流」とつく場合はどうなのだろう?

「一流」と「二流」を分かつものは何だろう?

 

一流さえ、安売りされる時代がくるのだろうか?

一流が一段落すれば、超一流の時代が来るのだろうか?

 

「一流」という言葉を見聞きするたびに、疑問は深まるばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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